プロフィール

kaho

管理人のkaho(@kahoblog_2020)です。
私は、子ども時代を子どもらしく過ごすことができなかった元「アダルトチルドレン」。

20年におよぶ数々の試み・挫折・希望。
これらが、誰かの「幸せのヒント」になれたなら本当にうれしく思います。

ダルトチルドレンとは:
子ども時代に親との関係でなんらかのトラウマ(心の傷)を負ったと感じており、今もそのトラウマのために生きづらさを抱えている人のこと

自分の生きづらさが育てられた家庭に起因する」
そう気づいてから、20年あまりの歳月が経ちました。
多くの試みと長い時間を経て、自分が楽になる生き方を少しずつ身につけ、生きづらさから解放されていきました。

以前のように、怒りに支配されることなく、罪悪感や切迫感に苦しめられることなく、今は穏やかな生活を送っています。

現在は、夫・2人の子どもと田舎暮らし。
好きなことは、料理&食べること、散歩、ピアノ、読書など。

経歴

家庭での自分の立場を察し、地元では有名な進学校・大学に進学。
その後、大手企業に就職。

しかし、これまでの人生が自分の意思ではなかったことに気づき、福祉の道に進むことを決意。
仕事をしながら独学で勉強し、決意から3か月後の保育士試験に合格。

26歳から保育士として働く。

サイトの目的

当サイトは、「私の体験談が家族との関係で苦しむ誰かの解決のヒントになるのでは」との思いで運営しています。

アダルトチルドレンという概念の生みの親であるクラウディア・ブラック氏。
クラウディア氏は、アダルトチルドレンが回復するための「4つの回復ステップ」を提唱しており、その第1のステップ「過去を探る」について、次のように述べています。

(前略)他の人が自分と似た体験を語るのを聞くことも必要です。こうした体験が綴られた本を読むことも、自分自身の体験を理解し語るための言葉を与えてくれます。

出典:クラウディア・ブラック 「子どもを生きればおとなになれるー〈インナーアダルトの育て方〉」(アスク・ヒューマン・ケア 2003/7/30 : P.84)

当サイトでは、私の家庭環境・家庭に起因する生きづらさ・回復の過程をできるだけくわしくお伝えします。

とくに、回復に向けて、何につまづき、どのようにして困難な状況を切り抜けていったのか、リアルに語ることを大切にしています

あなた自身の体験を理解し、語り、回復するための手がかりにしてもらえるならば、本当にうれしく思います。

育てられた家庭環境

「自己愛性パーソナリティ障害」の特徴をもつ母は、家庭内で圧倒的な力をもっていました。
反対に、父はあまり存在感がなく、家庭の問題に向き合おうとしませんでした。

家庭環境が悪化し始めたのは、小学5年生のころ。
日常的な激しいケンカ、5年以上にわたる母の浮気、母のうつ病の発症と自殺未遂など、つらいことばかりの思春期でした。

母には、「物事はこうあるべき」という強い理想像があったのだと思います。

自分の理想の枠からはみ出ることは決して許さず、けれど、家族が理想の枠のなかにさえいれば、とても機嫌がよかったように感じます。

ですから、母の理想像が崩れる思春期までは、私は幸せだと思っていました。
家族でトランプをしたり、たまには出かけたり、母とお菓子づくりを楽しんだりと、幸せな思い出も数多くあります。

それでも、幼いころから、母の意に添わないことをすると、たびたび閉じ込められました。
押入れ、トイレ、ベランダ、風呂場。

母に腕をつかまれ、引きずられながらも、洗面所のタオルの棚に必死にしがみつこうとしました。
母の怒りが強いとき、風呂場で頭からシャワーの水をかけられたこともありました。

そんな激しさを見せる一方で、母はしっかりと家事をこなし、教育にとても熱心でした。
外から見れば、完璧な「良妻賢母」です

きれいに片付いた部屋。
手編みのセーター。
栄養バランスのとれた食事や手づくりのおやつ。
朝食にはアジの干物を焼き、お弁当のおかずには、揚げたての唐揚げを持たせてくれました。

家庭環境が悪化し始めたのは、小学5年生のころ。
父と姉が、激しく母と衝突するようになりました。
ケンカの発端は、いつも母でした。

怒鳴り声が飛び交うような激しいケンカは、日常的になりました。
取っ組み合いのケンカも珍しくありませんでした。
つかみあった部分に、互いの手の跡が赤く残りました。

「だれに食べさせてもらっているんだ!」
ふだんはおとなしい父が、鬼のような形相で母を足蹴りしたことも……。

父に足蹴りされながら、うずくまった母は、私に向かって震える声で泣き叫びます。
「kaho。見ておきなさい。お父さんのしていることを。よく見ておきなさい」

父が私の目の前で母を足蹴りしたのは、たった数回だと記憶しています。
しかし、自分の無力さを痛感するのには、じゅうぶんな回数でした。

すさんだ生活と比例して、母の極端な性格はますます悪化。

中学生のとき、母は浮気を始めました。
高校生のとき、母がうつ病になりました。
私の目の前で、マンションのベランダから飛び降りようとしました。

本当につらいことばかりの10代でした。
最終的に、母は60代で統合失調症と診断され、70代の現在も治療中です。

母を支える子ども(親子の共依存)

このような家庭で、私に残された選択肢は限られていました。
それは、母にとっての「いい子」になること。

母の気持ちに寄り添い、母の喜ぶことだけを考えました。
家族の争いさえなくなれば幸せになれると信じ、必死に闘ってきました。

選ばざるを得なかった「いい子」の代償は、大きなものでした。
傷を抱えた母を必死で支えるうちに、自分自身が大きな傷を負っていたからです。
しかも、自分が傷ついていることに、気づく余裕さえありませんでした。

また、極端な家庭のなかで、私の感覚は歪んでいきました。
いつのまにか、母のように「極端な物の考え方」をするようになっていました。

自分でも気がつかないうちに、家族の問題は、私自身の問題(生きづらさ)へと派生していたのです。

生きづらさが、自分の家庭に起因すると気づき、自分が「アダルトチルドレン」と呼ばれる大人であると知ったのは、20歳を過ぎてからでした。

それは、解決の糸口を見つけた瞬間でした。

自分の生きづらさの根源がわかったことで、自分のやるべきことが見えてきました。

自分が「アダルトチルドレン」だと知ることは、私にとって希望の光でもありました。

大学生のとき、3年ほど交際していた彼に別れを告げられました。
この失恋をきっかけに、自分の内面の問題について、逃げずに向き合うようになりました。

自分の環境を大きくかえてみようと、単身で海外に行きました。

外国を旅しながら2カ月以上を過ごし、多くの刺激的な体験をしました。
そのなかで、人とつながる楽しさを実感し、また、旅を乗り切ったことで自信もつきました。

失恋から数年後、信田さよ子さんの『愛情という名の支配〈家族を縛る共依存』(海竜社、1998)という本に出会いました。
「アダルトチルドレン」「共依存」について書かれた本です。

本からつぎのことを教わりました。

  1. 自分の生きづらさは、機能不全家族と呼ばれる家庭を起因とすること
  2. 良好と思っていた母との関係は、「共依存」というお互いが不幸なのに離れられない関係だということ

過去と現在のつながりがわかったことで、進むべき方向が見えてきました。
取り組むべき課題がはっきりとしたのです。

自分の人生を取り戻すため、積極的に動き始めました。

自分が本当にやりたいことがわかり、大手企業の事務職から保育士に転職しました。
幼い子どもたちと接することで、自分に欠けた大切ななにかを補うことができるかもしれない、そして、自分と同じような立場の子どもたちの力になりたい、そう思っての転職でした。

保育士研修に積極的に参加し、児童精神科医の佐々木正美さんの本を読み、子育てについて勉強しました。

児童精神科医の佐々木正美先生と出会いは、自分の転機になりました。
恵まれない家庭で自分が失った大切なこと。
失った多くのことを、どのように補えばいいのか、正美先生の講義や本のなかに、具体的な答えを見つけた気がしました。

また、健全な家庭で育った夫と暮らすことで、気づくことが多くありました。
自分のなかの小さな歪みに気づき、健全な人にとっての「ふつう」の感覚を知りました。

自分の家族だけが体験のすべてであった私にとって、なにが「ふつう」であるのかを知ることは、とても重要なことです。

それは本当にありがたいことでしたが、同時に苦しくもありました。
「これだけ努力してきたのに、健全に育った人との差は埋まらないのだ」と、なんども打ちのめされました。

アダルトチルドレンと気づいてから10年の月日が流れていました。
この頃、心が穏やかな日々に感謝し、アダルトチルドレンから回復できたことを実感していました。

それでも、子育てに関しては、一抹の不安がありました。
「10年間、やれることはすべてやってきた、自分は大丈夫」という自信。
「私は、あの母の娘なのだ」という不安。

アダルトチルドレンでなくても、子育ては本当にたいへんです。
健全な家庭で育つことができなかったアダルトチルドレンであるなら、なおさらです。

ときおりやってくる不安から解放されたのは、長女が小学1年生になるころでした。
長女が、私の機嫌をとるような「いい子」ではなく、のびのびと自由に振るまう姿を見て安心しました。

また、保育士の仕事では、心の専門家である「臨床心理士」と関わる機会を持ちました。
臨床心理士と連携しながら、お母さんたちの悩みに寄り添う。
そのような仕事を6年近くさせてもらいました。
この経験が、このサイトを立ち上げる背景の1つになっています。

家族との関係に苦しむあなたへ伝えたいこと

「あなたの人生を生きること」をあきらめないでください。
「あなたの人生を生きる」とは、あなたの意志で、あなた自身の未来のために、生きることです。

「自分の生きづらさが育てられた家庭に起因する」と気づいてから20年ほど経ったいま。
私は40代半ばになり、人生の折り返し地点にいます。

悲しみ・怒り・憎しみに振りまわされていた過去の自分は、今の私の中には存在しません。
存在しませんが、今の自分に「つながっています」。
今の自分があるのは、過去の自分のおかげだと認めるられるようになりました。

長い時間をかけてできた心の傷を癒すには、同じように長い時間がかかります。

一進一退を繰り返しながら、少しずつ少しずつ回復していきます。
あなたがいつか、自分の過去を認めることができますように……。

おことわり | このサイトは「私の立場からみた話」

このサイトをつくるにあたり、多くのプライベートな話を記しました。
「できるだけ忠実に、できるだけ誠実に」との思いで、嘘がないように書いたつもりです。

しかし、書かれたことはすべて、私の立場から家族をふりかえったものです。
私という人間のフィルターをとおして、記憶をたどり、家族の話を記したことになります。

つまり、母の立場から家族をふりかえれば、ストーリーはまったくちがってくるかもしれません。

どれほど客観的でいようとしても、人は自分の物差しで、見たいものだけを見てしまいます。
そのことを肝に銘じ、できるかぎり事実に忠実でありたいと思います。

また、当サイトは、当サイトの内容を強要するものではありません。

考え方・選択は、人それぞれです。

「絶対に○○すべき」
「○○じゃなきゃいけない」
まるで選択肢は1つに限られているかのように自分の考えを押しつけるのは、私が最も嫌うところです。

あくまでも、ご参考までにご覧ください。

当サイトのコンテンツ・情報について、できるかぎり正確な情報を提供するように努めていますが、正確性や安全性を保証するものではありません。情報が古くなっていることもあります。

当サイトに掲載された内容によって生じた損害等の一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

シェアしてくれるとうれしいです